宗教論2017-06-20

祈る対象として位牌を置いてるけど云々。

神に祈るのではない。先祖祭祀としての仏壇。

神祇不拝

御師:神社に所属して御札を配る人たち。受け持ちの地域を回って御札を置いて帰る。仏壇の真正面に神棚を置くことは少ない。

神仏習合で神と仏を接着していたのは何か。

シャーマニズムが接着剤として両者の間に入っていたと言われている。

 

ちなみに自分に霊を降ろす場合と自分を霊界に飛ばす2つのやり方があるよ。

古代ギリシャだと腹話術と託宣が結びついていたらしいぞ!(厳かな雰囲気の中で裏声)魏志倭人伝には卑弥呼の話載ってるけど、「鬼道をなす」と書かれている。これもシャーマニズムだと言われているぞ。

イスラムにもジーニー信仰、占いや託宣、予言があるので若干シャーマニズム的。キリスト教の預言者もシャーマン的存在だと言えよう…。

ナート崇拝?チベット仏教において、精霊に取り憑かれた人間?ナートに取り憑かれると破戒的な行動も許される…?(似た霊としてユタ、ノロ?沖縄のシャーマン。そういうものが存在するのだ、と共通認識があれば社会的に異常とされる行動も受け止められる。容認される。そういった土壌なしにシャーマニズムは機能しない)

 

修験道:修験者・山伏は山林で法力・験力で持って儀式をする→寄祈祷・寄加持

 

 

宗教論2017-05-02

礼拝:やらないとペナルティとかではないよ

ザカート:収入の2.5%が慣習的?

斎戒:断食。断食月は現地の人達的には夜パーティーあるから楽しいらしい

巡礼:大巡礼の時は人が押し寄せる

 

六信:アッラー・天使・使徒・経典・来世・神の予定

この6つを信じているので来世志向だったり神の意志ならって考えがあったり

クルアーンの中に

ハディースムハンマド生前の言動を纏めた物。生活の規範集。

シャリーア:こういう解釈が一般的やでーってイスラム法学者が纏めたもので儀礼、法的な規範。

 

巡礼する時は沐浴、縫い目のないイフラームに着替えて行くよ。聖なる状態なので喧嘩とか殺生とかNG。ちなみに巡礼中に死ぬと天国行けるので病人もけが人も老人もガンガン来る。救急車もいっぱい来る。

※有名なスカーフ巻くとかも「美しいものは隠せ」をどう解釈するかの問題なので違いが出てくるよーって。

 

食物禁忌:ハラルマーク。国によって基準が違うためややこしかったりする。中東ではハラルで当然だけれど中東では豚肉使う中華文化も混ざってるので大事だったりするとかとか。マレーシアハラルは国が認証してるので信頼度高かったりする。個人の信仰の問題なので他のハラルに口をはさむのは難しいらしい。

慈悲深き神の食卓 ―イスラムを「食」からみる (Pieria Books) | 八木久美子 |本 | 通販 | Amazon

他の集団と混ざらない為の禁忌なので、多民族国家でこそハラルの意味が出てくるよ。ムスリム国家ではハラルマーク付けなくても当たり前だから。

イスラーム金融:

 

人生をゲームだと考えて攻略方法を考えていく

人生のチュートリアルは運要素が大きい

順番がバラバラ、人によって視点が違うのでメモ書き必須。基本的な部分は小学校で教わるけれど形式的な部分も多いから自分で一度考え直す必要がありそう。

基本的な攻略

食事、睡眠を疎かにすると体力やスタミナの最大値が下がるのでジリ貧。それから基礎体力の維持、できれば上げていく事が地味だけど大事。ターン毎の行動回数が増える。

食事は肉と野菜を意識して食べる事。食欲ない時はインドカレーとか香辛料が効いたりする。こまめに水分補給をしておくと常時体力回復くらいの効果があるので水を携帯するのがお勧め。

睡眠は「とりあえず動ける睡眠量」「回復効果のある睡眠量」「ブーストがかかる睡眠量」くらいの種類がある。時間を何とか用意してブーストかけ続けると脳の回転速度が1.2倍くらいにはなる。疲れたから眠るのではなく筋トレや勉強と同じくらい意識して眠ると強い。徹夜は人によって違うだろうけど自分は完全に悪手で深夜三時を越えると精神が分裂しそうになるし不安が押し寄せてきてつらい。

基礎体力は歩き回る生活しておけば問題ないのかも。自分はラジオ体操と軽い筋トレ(スクワット30回くらい)に夜15分くらい走る…あたりを気が向いた時にやってる。スクワットは脚の脂肪が落ちて来てミニゲーム感ある。楽しい。

 

睡眠ブーストをかけて起きる、暖かいスープとか食べやすい朝食、ラジオ体操で体のストレッチと目覚まし。が今できる朝の理想の動き。夜は一日のストレス解消したくなるけど筋トレと睡眠で回復することだけに専念したほうが上手く回る。

回していく事を考えると一日に行動できるのは3時間くらい。その3時間を落ち着いてしっかり考え事できる場所で過ごせると完璧にきまる。

 

協力プレイ要素もあるけどここはまだよく把握できてない。飯を奢る、アルコールを入れると協力が捗るっぽい。

宗教となんとか

ユダヤ教一神教で戒律厳しいのはなぜ?

「他と違う俺たち」「絆が高まってヤバイ」

大工のイエスさん曰く

「戒律じゃなくね?救いって。」「愛でしょ。」ユダヤ教徒「何だあいつら」(白目)

貧しい金を切り詰めてろうそくを捧げる貧乏人。金持ちがガッツリ買って捧げる。

貧しい方が尊いでしょ。はい論破。▶こういうことやってユダヤ教徒イライラ

エッセネ派

形式的、罰則で縛る進行に対してレスバトルを挑んだので割りと狂人のイエス。

ファリサイ派「あいつユダヤの王とか言ってるぞ」「磔刑磔刑

「イエス運動とユダヤ教徒の区別つかない(困惑)」(イエス運動当時の文書)

70−73年 ユダヤ人とローマの戦い 

▶イエス運動「戦争はNG」見方せず。ユダヤ人ブチギレ「あいつら同胞じゃねぇ」

ユダヤ人大敗北してディアスポラ(離散していく)イェルサレムから出て行け!

当時は戒律を重視か愛や信仰心重視なのか、くらいの比重の違い程度だった。

「考え方の違い」→「別の集団である」

ユダヤ人から絶縁扱いなので異邦人(アンティオキアから西や北の方)への布教を頑張るイエス運動の人たち。

ペテロ(意味は岩)「お前の上に教会立てっから」「墓の上に教会バーン!」

▶まずはユダヤ教徒にしてからイエス運動に。割礼は常識。

パウロ「大事なのはキリストを信じることだろうが!」(元々は弾圧側だったマン)

▶こちらの布教方針が主流に。ユダヤ人ブチギレで異邦人布教しか活路無かった。

ユダヤ教徒になる必要はない。→民族宗教ユダヤ教の一派)から世界宗教へ進化。

コレが契機となってローマにもじわじわ広がっていく。(参考文献Amazon CAPTCHA

「あったかい人間関係を作ろう」「看病や医療での貢献」で人気を獲得していった説

「あいつらユダヤ教徒裏切って逃げたぞ」「火事の犯人はイエス運動の奴ら」みたいな扱いから国教にまでなった。

国教化前「多神教MG」「皇帝を崇拝NG」」「ユダヤ人を裏切った」「火事の犯人」

国教化後「ユダヤ教徒はキリストを磔刑にしたヤバイやつら」「よーし弾圧しよう」

▶当時流行ってたミトラ教の影響が多分にある(太陽信仰の宗教)

最近太陽信仰流行ってますよね〜イエスもクリスマスに爆誕(断言)(宗教習合)

ローマ分裂に合わせてキリスト教も増殖する。

三位一体あたりを共有しつつ増えてく。

「北の蛮族はバカだから三位一体説とか無理無理。唯一神が大事っしょ。現地神は聖人として取り込め、女神は全部マリアにまとめろ。」当時の教皇

現地の進行を集める大木とかぶった切る。はい唯一神の勝利。強い場合は聖人にして取り込む。女神信仰に対しては「それ実はマリアなんだよ」で押し切る。クリスマスツリーとかはそれ。万聖節は元々ケルト民族の祭りだったりするけどハロウィンとかになってたりする。

ユダヤ人  【ローマとの戦争の中で民族的アイデンティティを確立】

キリスト教 【異民族を取り込もうとして世界宗教化(キリスト信仰が大事)】

ペテロの墓の上を本拠地にローマ・カトリック

▶国を超えて法王が影響力を行使する(カノッサの屈辱とかわかりやすい)

▶巨大組織。教区ごとに拠点になる教会があり、その上を束ねる存在がいてー

ラテン語使う(曖昧な表現がない法律用語)解釈の余地なし。

▶立体物多い。マリアも作るし磔刑キリストもフィギュア化する。

▶国境を超えて教皇がいるので各国のローマ・カトリックを統合している。

ビザンティン帝国側は東方正教会

▶皇帝が総主教を好きに任命する。国家宗教的。そのうち国ごとに別れていく。

ギリシャ語使用(ポエット、哲学を語るのに適している)

▶イコン大好きマン。偶像崇拝NGなので平面にこだわる。イスラームの民に「一神教崇拝の癖に偶像崇拝する奴とかいんの?」と煽られて皇帝が顔真っ赤になる。民衆は崇めたいので間を取って平面に落ち着いたっぽい。

ビザンツ帝国ムスリム帝国に撃破された後北に逃げてロシア正教会が後継者になる。国ごとに独立した形。

【両者は1054年に相互破門〜2016年に二者会合実施(お互い色々あるよね)】

16世紀プロテスタントがもりもりと

  (15世紀)サン・ピエトロ大聖堂が老朽化したんで金が必要(築1000年)

  十分の一税(収入の一割は寄付しろって制度) 

  これ買うと煉獄をファストパスで通過できるぞーって免罪符を販売  

▶ルター先生がノリノリで抗議文張り出して学生がぶち上がった「教授がやった!」

▶聖書の解釈によってプロテスタントは派閥別れるけど基本的に聖書を通して神と人間が結びつく部分を重視ししてる。

▶もちろん聖人崇拝マリア崇拝はNGNGアンドNG

カトリック:聖職者「一般人と神を取り持つマン」叙階(聖職者に任命)できる)

(聖書には正当な解釈あるから勝手に読むのはNG。聖人の話してやるから聞け。)

プロテスタント:「聖書が取り持つ」各人が信仰生活を送れ。牧師は只のまとめ役)

カトリックは社会階層の底辺まで根付いてる。

プロテスタントは都市の中産階級が中心。

 修道士カドフェルシリーズとは(Amazon CAPTCHA)先生の萌え語りか?

 

 

 

 

 

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映像ジャーナリズム論2017/04/17

社会に存在しているからこそ被る不利益を語れない、社会に物言えない存在が世の中に沢山いるわけで、そこの声を拾い上げることが「ジャーナリズム、報道」の意義であるのではないかと。

マスコミとジャーナリズムについて
・情報の種類 事実との関連性から名前が変わる
広告/ニュース/報道(欧米ではジャーナリズム)/広報/プロパガンダ/娯楽・創作
・(マス)メディアの種類 中身を運ぶ方法
@マス、を付けてないのがgm過ぎるだろ。お前が言いたいのはマスメディアだろ?ってイライラが。
SNSはネットの一形態でありメディアの種類ではない
紙を使う チラシ/(一枚)本(情報集積/雑誌(定期性/新聞(日刊)
電波を使う ラジオ/映画/テレビ/衛星通信なり有線なり/ネット
大きく2つに別れる。
恣意的な分類が過ぎると思うんだけど。どの答えに誘導したいのか読めないgm

言論の自由について考える
・言いたかったこと
その特権意識は危険だぞって話/父親の態度(言えた?)/世話やきすぎるって話/あんたの金銭管理の問題だろ
・言えなかったこと

・言わなくて良いこと、言わねばならないこと
何がそれを分けるのか。
言わねばならないことは自分に不利益が生じている時。
言うことで損が生じるので言わないのは泣き寝入りである、と。

言えない、ということが自分をどれだけ規定しているのか。それはどこ由来のものなのか。これは授業を離れて考える必要性がある。
当事者が問題である、背負いきれない問題だと思っている時に、それは言うべきことになる。
様々な手法が用意され、一番明確な手段は法を利用する事。裁判にかける。
コレは本当に対決姿勢に入ることになる。
他の手段はあるか(言う、って部分は守らないといけないのか?)
匿名で指摘する。更に上の人間に事態を伝える。大勢で言う。
密室で起きていたら?(親子関係など)密室の外に出てみる、という意見が多いな。
権力の偏りがある以上、対等な対話は望めない。力の偏りを正すしか方法はない。別の大人を味方につける。距離を取る(限りなくお互いの権力がゼロになる)暴力(刺し違える、共倒れを示唆することで是正する)

問題が起こっているという事を外に向かって発信することがどのパターンであってもある程度有用。
問題であるという認識を広める事で、個人が直面している問題を解決する助けとなる。
一対一で対峙して解決できるのなら希望はあるけれど、そうでない場合はこの伝えるという行為が有用性が高い。
「公共圏/公共権の俎上に上げる」

言いたかったこと・言えなかったこと→なぜ?
言わなくて良いこと
言わねばならないこと
→不利益を跳ね返す(問題を改善する)
→立場による力関係を公平に解決する

人間関係上の立場の違いによって生じる不利益(権力によって発生する問題)
権力を持っている人間が権力を持っていない人間に対して圧力をかける。
人間が集団で暮らしていれば程度の差はあれ生じてくるのが権力。長男だから、男だから、という理由での権力の付与は社会が行うものなので個人の問題ではなくなってくる。権力構造があると一対一で対峙する事事態がそもそも難しい。
密室を開く事が第一歩。
パブリック(公)vsプライベート(私)
パブリックを扱いやすい。ジャーナリズムは。
皆の不利益、という物を優先しやすいんじゃろうな。
→公共性の高低
→公共圏の形成とマスメディア

独裁国家vs市民社会
→決定権(権力)はどこに?
訴えかけることの効用性が変わってくる。
限定された個人か、市民課
トップダウンか、ボトムアップ

ジャーナリズムは匿名性(告発する側が)
名前を伏せて問題提起をすることで訴えかける。記者が聞いた話では、という形にすることで告発者を守りながら代弁する。

来週やること
対話による問題解決の社会装置=ジャーナリズム
誰のために、何のためにあるのか
問題に直面する人々
ジャーナリズムの条件=言論の自由があること=当事者に声をかける権利がある
→自分の人生は自分で作りたい
→自ら考え、原因を知り、解決方法を選ぶ自由
言論の自由とは、誰のためにあるのか、なんのためにあるのか。

ジャーナリズムとは?知ること、情報…。一番の目的は、問題を抱えている当事者の問題解決のためであると。
娯楽や広報はココらへんを気にする必要がない。報道は批判ばかりだと良く言われるが、そもそもが問題を指摘するものなのだと。広報は親しみやすく、ジャーナリズムは指摘と批判。
言わなければ行けないけれど言えない、のは程度問題はあれど言論の自由が抑圧されているから。